グレード4の壁

遊びから学びに変わり、授業中、椅子に座っていられない「小1プロブレム」、中学に進級した際、心理的、学問的、文化的ギャップとそれによるショックを被る「中1ギャップ」、受験競争を乗りこえて合格しても、退屈な授業や膨大な宿題についていけず中退や不登校が続出する「高1クライシス」、大学1年生の「5月病」など、子どもの前には多くの壁が立ちはだかる。

それは日本に限った話ではない。どこの国の子どもにだって時には高く、厚く、硬い壁が立ちはだかり、通せん坊をする。

バングラデシュの子どもにとって、壁はどこにあるのだろう。
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いろいろ調べていた私は「バングラデシュ初等教育奨学金:質的評価」(Bangladesh Primary Education Stipends : A Qualitative Assessment)というレポートを見つけた。初等教育局(DPE)とパワーアンドパーティシペーション研究センター(PPRC)、ユニセフ(UNICEF)バングラデシュが2013年秋に発表したものだ。

そこには退学する要因として3つのことが挙げられていた。

1 貧困:家族の収入を助けるための労働力となるか、働く両親が不在の中、家事やる必要があるなど
2 社会的重圧:早いうちに結婚させられるなど
3 マージナリティ:体に障害があるなど

他にもぎすぎすしたクラスの雰囲気、詰め込み教室、3-5の高学年の勉強量の増加などが理由としてあった。

レポートでは個別的、具体的な退学理由が挙げられている。

[事例1 マイメンシン県ハルアガット郡]
平原平野地区 貧困率46%
3人の小学生を持つ貧しい行商人。最初の子は4学年で退学。2番目は奨学金を受けとるが、家庭収入を補うため外で働き、2学年に不規則に参加。進級試験に落ち、2学年を繰り返さなければならなかった。3学年になると働くことへのプレシャーがさらにかかり、さらに学校へいかなくなった。説教や処罰が続いた2番目の子は、兄と同じ4学年で完全に退学してしまう。現在13歳の彼はティーショップの手伝いとして、日当60タカ(78円)、フルタイムで働いている。3番目の子の学校が始まったが、兄たちと同じような可能性に直面している。

[事例2 シャトキラ県シュヤムナゴール郡]
平原平野地区 貧困率65%
家族の中の一人っ子。父親は子どもが幼い頃に亡くなった。母親はレンガ工場の労働者になった。母親は息子を学校に入れること、ずっと学校に通わせることを約束した。奨学金をもらった少年は何の選択肢もないまま学校へ通ったが、4学年のとき母親が病気になって働けなくなり、学校に負担を感じるようになった。現在11歳の少年はレンガ工場でフルタイム労働に従事する。日当は60タカ(78円)だ。これが家族唯一の収入になっている。

[事例3 チッタゴン県バンシュカリ郡]
沿岸地区 貧困率22%
少数民族家族。父親は散髪屋で働き、母親は家事を受け持っている。両親とも一日中働き始めたため、奨学金をもらっていた女子児童は4学年で退学。弟の世話と家事をする。

[事例4 チャパイ ナワブゴンジ県ナコール郡]
少数民族地区 貧困率25%
少数民族家族で両親は農業の日雇い労働者として働いている。両親は娘の教育に熱心で、地元の政府小学校への入学を認めた。奨学金をもらって学校に通っていた彼女は、妹が生まれたとき学業を中断せざるを得なかった。彼女は母親の代わりに日雇い労働者として働き始めた。のちに学校に戻ったが、彼女は少ししか選択肢はなく、4学年で完全に退学してしまった。なぜなら彼女の母親が仕事に戻り、家で赤ん坊の世話や家事をしなければならなくなったからだ。これを機に彼女は家計を助けるため、パートタイムでも働き始めた。学校長は彼女が学校に戻ってくるよう両親の説得を始めたが、貧困状態からみてそれは不可能だった。

奇妙な符合が見えないだろうか。主に貧困や、家の仕事が増加したことが退学理由なのだが、時期がすべて4学年(グレード4=9歳)なのだ。

貧困や家の仕事の増加が原因なら、これらの事例がたまたま4学年だったということも考えられる。実際のところ3年生より以前、あるいは5年生の退学率も同じくらい多いのかもしれない。
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探していた退学率(Drop Out Rate)は「バングラデシュ教育情報統計局(BANBEIS-Educational Datebase)」の中にあった。それも2012年からおそらく最新の2015年まで4年分がきっちりと。

[退学率]
2012年 1学年6.3% 2学年3.5% 3学年5.1% 4学年10.0% 5学年1.9%
2013年 1学年1.5% 2学年5.1% 3学年5.0% 4学年7.8% 5学年2.3%
2014年 1学年1.2% 2学年4.6% 3学年4.8% 4学年8.1% 5学年2.3%
2015年 1学年1.6%  2学年3.2% 3学年3.4% 4学年10.1% 5学年2.1%
*バングラデシュの初等教育は5年生の義務教育。だが間もなく8年生まで義務教育になる。

データを見ると4学年の退学率は明らかに他の学年に比べ高い。時には二桁に及ぶほど。ただこの壁さえよじ登れば、5学年の退学率はぐっと減る。

家事や育児、賃稼ぎ労働から逃れられなくなる⇒学校に行かなくなる⇒難しくなる勉強についていけなくなるという構図が見えてくる。もちろん根本に貧困があるのだが、4学年を乗り越えることさえできれば……。

事例を再び見れば、退学させてしまった親の中にも、ずっと学校に通わせることを約束していた母親や、教育熱心な両親がいる。お金さえあれば、少なくとも学校に行く費用さえあれば、子どもは退学しなくて済んだのではないだろうか。

バングラデシュでも義務教育は原則無料だが、日本と同じように文具や教材費や給食費など、何やかやといろんな費用がかかるに違いない。実際、どれくらいの費用がかかるのだろう?
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私はレポート「バングラデシュ初等教育奨学金:質的評価」(Bangladesh Primary Education Stipends : A Qualitative Assessment)をもう一度見直した。

見つけた。そのものズバリ、「地方での初等教育年間平均費用」という表13を。

結論を言うと、4学年は他の学年に比べて各段に費用がかかっていた(5学年のデータはなし)。

[1学年]
合計 1750タカ(約2231円)
[2学年]
合計 2410タカ(約3072円)
[3学年]
合計 3565タカ(約4544円)
[4学年]
合計 5395タカ(約6877円)

4学年になると実に1学年の3倍もの年間費用が掛かることになる。

・試験など:90タカ(約115円) バングラデシュは学年ごとに進級試験があるというから、その費用だ。

・鉛筆、ペン、学習練習帳:1300タカ(約1657円) 

・参考書、ノート:500タカ(約637円) 教科書は政府が無料配布するので、それ以外のものだ。

・衣装、バッグ、傘:1400タカ(約1785円) 

・軽食:805タカ(約1026円)

・家庭教師:1300タカ(約1657円):バングラデシュ人の知人に聞くと、進級試験は授業で習った以上の問題が出るという(それも退学に繋がる大きな原因だと思うがとりあえず脇におく)。そのため進級したい生徒は個人で家庭教師を雇う必要があるのだとか。

いずれにしても平均でこのくらいの費用が必要なのだ。

勉強をしたくても様々な事情、特に家庭の経済状態で、諦めてしまう子どもたちがいる。だが彼らはグレード4の壁をよじ登ることさえできれば、小学校(プライマリースクール)は何とか卒業できるのだ。

BDDNewsが本来やりたい支援の方向性が見えてきた。

吉本(2824字)