サナタン チャンドラ ロイさんは家がとても貧しかったため、3年しか学校に通えなかった。
今、精米所で午前8時から日没まで働くが、1日の収入はわずか250タカ(327円)だ。
他の日雇い労働者と同じくサナタンさんは裕福ではないが、2006年、ラルモニルハット(Lalmonirhat)から6キロほど離れたパスキムバルヤ(Paschim Baruya)村に建設された小学校に、33デシマル(0.33エーカー)の土地を寄贈した。父親から相続した53デシマル(0.53エーカー)の一部だ。
サナタンさんの寛容な心で、およそ500世帯の子どもたちが学校で勉強できるようになった。
それより前、サナタンさんは通学のため、2人の息子を3.5キロ離れた別の村まで送らなけらばならなかった。
ブリキ屋根の3クラス分の建物が、サナタンさんの土地に建てられた。2008年には学校が始まった。
その5年後、ラルモニルハット出身の詩人フェルドウシ ラーマンさんのロビー活動で、パスキムバルヤ小学校は国有化された。フェルドウシさんは現在、学校運営委員の委員長に就任した。
サナタンさんは運営委員には入ってはいない。だが地元の子どもたちが教育を受けられることを嬉しく思っている。
「以前村には学校はなく、私は大いに苦しんでいました。しかし今、苦しみは消え去りました」
サナタンさんは特派員に話した。
The Daily Star June 30 2016
http://www.thedailystar.net/frontpage/poor-man-heart-gold-1247968
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