紙花が村を変える

紙花が村を変える
明るい花びらと基本的なデザインの紙花(ペーパーフラワー)は一見するとシンプルだ。だが、毎年4月14日のベンガル新年(ボヘラ・ボイジャック)のようなお祭りの日、このエレガントな装飾は喜びをもたらし、全然慎ましやかではない。

実際、ナオガオン(Naogaon)県アトレイ(Atrai)郡ボパラユニオンのジャムグラムのような小さな村では、紙花はもっと大きな意味を持つ。意外なことにそれは、この遠く離れた村で家内工業として開花したのだ。

ジャムグラムは開発が遅れ、忘れ去られたような村だった。犯罪も多かった。だが、ありがたいことにそれは過去のこととなり、未来は上向きになった。
「近頃、バングラデシュ人の多くはジャムグラムを知っています。この村は手作りの花で有名になりました」
村に住むルクサナ・アクターさんは誇らしげだ。

地元の人によると、最初はヒンドゥー教徒の数世帯が収入を得る手段として、紙や布、ショーラ木で花を作り始めたという。だがこの商品を知る人がほとんどいなかったため、売り先を見つけるのは簡単ではなかった。しかし時が経つに連れて多くの世帯が作り始め、質の高い手作り花の名声は徐々に高まっていった。

「ここの職人技は高く、製品需要が高いのです。チッタゴン(Chittagong)でお祭りが始まる前に、何度もこの手作り花を仕入れに来ています」
 ポートシティーのバイヤー、アズハル・アリさんはいう。

「最近はこの村の1千世帯近くが、直接花づくりに関わっています」
ジャムグラムの古老アタハール・アリさんは話す。

ボヘラ・ボイジャックまでの高い需要にこたえるため、全世帯が頑張っている。室内や庭の木陰で、バラ、ヒマワリ、スイレン、デイジー、ハイビスカスの花びらや葉、茎を忙しく飾り付けるのだ。

「いろいろな村のバザールでも需要はあります。これは有益な商売です。大きな祭りを前に、私たちは収入を普段の2倍に増やすことができます」
別の紙花職人チッタ・ロイさんは話した。

「月末ごとに、利益のかなりの部分を占める金利をNGOに払わなければなりません」
別の紙花職人のジョニ・イスラムさんは、商売を始めるため、多くの村人がNGO融資を受けたという。イスラムさんは政府の無利子融資を望んでいる。
「わずかな政府の手助けでこの業界は本当に元気になります」

「ジャムグラムの芸術作品は全国的に有名になりつつあります。社会のあらゆる階層の人々がこの工芸品に内在する美しさと技術を高く評価しています。私はこの産業をさらに発展させるため、政府に研修と資金援助の手配を希望します」
Md・イスラフィル・アラム議員は地元ジャーナリストとの懇談の中で、政府の支援を希望した。

紙花はジャムグラムの変化の完成形ではなく、始まりに見えるかも知れない。村は今でも電気が通らず、舗装道路もない。
 「モンスーン中は未舗装道路が特に危険です」
村人のMd・アサドゥル・イスラムさんはいう。インフラ整備が行われれば、以前のように国の地図から忘れられるということがないだろう。紙花があるかぎり。

バングラデシュ/The Daily Star Apr 13 2017
http://www.thedailystar.net/country/pahela-baishakh-paper-flowers-transform-naogaon-village-1390651
翻訳:吉本
#バングラデシュ #ニュース #紙花